○細野委員
民主党の細野でございます。久しぶりの外務委員会の質問でございます。よろしくお願いいたします。
まず、在外公館の問題なんですが、先ほど丸谷委員そして前原委員から、私が考えていたのとかなり重なる質問がございましたので、視点を変えて一つだけ。
特に、安保理入りを考えると、アフリカに最大限の支援が必要であるという意味で、アフリカへの関与をできるだけ深めるというのは、これは確かに中国との 関係なんかも考えると大変重要だというふうに思います。ただ、それだけではちょっと余りに、若干浅ましいというか、票欲しさにと言われる部分もあろうかと 思いますし、私は、むしろそのことよりは、アフリカのことを考えると、やはり資源の問題をしっかり視野に入れるべきではないかというふうに思うんですね。
これは優先順位の問題になるんですが、例えば、今度新しく公館をつくると言っているマリなんかはウランの鉱山があって、そこを我が国がほぼ権益を独占し ているというふうに言われています。そのほかにも、ニジェールなんかもそういう国でありますし、ウラン以外にも希少な鉱物が埋まっている国というのはアフ リカにたくさんあるわけですよね。そういう国に対するアクセスをできる限り深めていくという視点から、在外公館をこれからふやしていくということでござい ますので、取り組んでいただきたいというふうに思うんですが、外務大臣、御見解はいかがでしょうか。
〔委員長退席、やまぎわ委員長代理着席〕
○麻生国務大臣
確かに、国連安保理のためだけなんというのは、ちょっと見え見えでさもしいというのはごもっとも、その種のことを言ったことは私ども役所 としてはないんですけれども、その種のものが見え見えに見られてはとてもじゃないけれどもこれはだめだと思います。ただ、資源だけに見え見えになったよう な中国もちょっとぐあい悪いかなと思ったりもしないでもありませんけれども。
いずれにいたしましても、この種の話というのは、TICADというのを来年日本で開くことにしておりますけれども、アフリカの中で、今、シエラレオネな んというところも、その隣のリベリアというところも、大使館がないところで、資源もダイヤモンドがばらばら出るぐらいのところなんですが、ここらのところ の大統領というのは、リベリアの大統領、初めて選挙で選ばれたアフリカ初の女性の大統領というのはこの人なんですけれども、しっかりした女性ですけれど も、この人たちの話を聞きましても、やはりアフリカにおける日本のいろいろ支援、貢献というのは、ちょっとヨーロッパの人たちのやり方とおよそ違いますも のですから、現地に入ってかなり一緒に現場で働くといういわゆる日本人独特の、現場で現地の人と同じ目線でしゃべるというようなところがあります。
今言われましたように、ニジェールにしてもナミビアにしてもモーリタニアにしても、いずれも資源が多い割には大使館がないというところですが、そういっ たところに入っていくに当たっても、民間の企業がそこで鉱山をやって、今コンゴなんというところは、昔は日本鉱業がありましたけれども、その日本鉱業は今 騒ぎになってコンゴから引き揚げてしまっておりますが、そういったところでも、治安がある程度回復しないと日本は支援しませんよ、ODAもだめですよ、日 本の技協もありませんよ、そういうので、まず治安の回復、そうすれば大使館も出られます、民間も行けます、ODAもいろいろやれますという話にしてやれ ば、ほかの国をごらんなさい、こんなうまくいくじゃありませんか、おたくよりもっと貧しい、資源のない国がうまくアフリカでいっているじゃないですかとい うような形にしてやるというところがいきますと回り始めるかなと思っておりますので、今言われましたところの御指摘も十分に踏まえてやってまいりたいと存 じます。
○細野委員
もう一つちょっと申し上げたいのは、予算の制約、そういう話なんですね。これは、当然予算は有限ですし、外務省としてもさまざまな施策がありますから、制約があるのはわかるんです。
実は、ちょっと調べてみたんですけれども、日本が在外公館を置いていない、兼ねているところですね、兼館をしているところで、一方でその国が日本に大使 館を置いている国が幾つあるか調べてみたら、全部で二十九置いていない国があるんですが、そのうち二十一は日本には在外公館を置いているんですね。これ は、どちらが経済的に豊かかといえば、どう考えてもアフリカ諸国の方が経済的に厳しい中で、苦労して日本に在外公館を置いているわけですね。そういう大使 館へ行くと、マンションの一室だったりビルの一室だったり、ここは家賃幾らかなと思うようなところに大使館があったりするわけですよね。
日本も同じようにしろとは言わないけれども、我々もよく海外に行ったときに大使館にお招きいただくし、そこでおいしいものもいただいて、私から見ると御 殿みたいなところへ行くわけですが、もちろん、そういう迎賓館的社交の位置づけが大使館にあるのは存じ上げていますけれども、もう少し、場合によっては、 小国においては小さいものにして、安全だけは確保して実質的な役割を出していくということも含めて検討していただきたいというふうに思います。これは御答 弁いただかなくて結構ですので、私の意見ということで御理解をください。
これから、ちょっと外交のいろいろな問題について、法案審議で恐縮ですが、私が関心を持っている分野についてお話を伺いたいと思っているんですが、まず外務大臣に、戦後レジームということについてどういうふうにお考えになるかというのをお伺いしたいと思います。
安倍総理が所信表明演説の中でこういうふうにおっしゃっているんですね。「行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交、安全保障などの基本 的枠組みの多くが、二十一世紀の時代の大きな変化についていけなくなっている」、「今こそ、これらの戦後レジームを原点にさかのぼって大胆に見直し、新た な船出をすべきときが来ています。」こういうふうに高らかに宣言をされました。私も印象深く拝聴いたしました。
外交、安全保障は外務大臣が所管をされるわけですが、では、我が国における戦後レジームというのは一体何なのか、外交、安全保障においてですよ。外務大臣はどのようにお考えになっているか、御意見を賜りたいと思います。
○麻生国務大臣
これは非常に大きな話だと存じますけれども、細野先生、基本的には日本というところは多分昭和十六年から変わっていないんだと思います が、昭和十六年、国民学校令というのができた。あれ以来、いわゆるフォルクスシューレをそのまま直訳して国民学校という名前に変えて、尋常小学校をやめて 国民学校に変えていった、あの昭和十六年から、基本的には官僚主導、業界協調、このやり方で間違いなく五、六十年やって成功したんだと私は思いますね。間 違いなく成功したから、これだけ豊かな国になったんだと思います。
傍ら、外交の方は、とにかく日本は戦争をやって負けたんだから、少なくとも負けた相手というのは、主にアメリカとやって負けたわけですから、そのアメリ カと日米安全保障条約で手を組む、そして国際連合というのに一九五一年、正確には一九五二年に日本が独立しておりますので、正式に加盟をしておりますの で、昭和二十七年ですけれども、五二年の四月二十八日に独立したのを境に、国連と関係をよくする。そして、三つ目は、アジアの諸国にいろいろあったので、 アジア諸国との友好関係を維持。この三つを基本として、日本は戦後というものをやってきたんだと思います。
対外的には、とにかくいろいろ迷惑をかけたんだから、先ほど使われましたように謙虚に、控え目にという態度でずうっとやってきたのがこれまでだと思って おります。その結果、どんな批判が出てくるかというと、何となく戦争に負けたアメリカ人には妙にぺこぺこしてみたりして、何か卑屈じゃないかとか言われて みたりするようなことになった、これはみんなそういう意識だったと思っております。
それが今どんなことになってきているかといえば、その裏返しで、ほかの国に対して妙に居丈高に威張ってみたりするという、何となく自然じゃない、普通に いかないというところが我々には多く感じられる。私、大分世代が違うので、僕は昭和十五年生まれですから、少なくとも戦争の前に生まれていますので、我々 の世代からいったら英語なんか敵国語でしゃべっちゃいかぬ言葉でしたから、そういった世代に育ってきている我々というのは大分感覚は違うと思いますが、細 野さんたちぐらい若くなってくると、何でそんなにというのが、いろいろ感覚的にも違ってきておられると思います。
また、その当時は二極構造で、冷戦構造でしたけれども、今はもう明らかに違いますので、そこらのところの構造も大きく変わりつつあるというのにあわせて、どうするかということが今の問題だと存じます。
民主党の細野でございます。久しぶりの外務委員会の質問でございます。よろしくお願いいたします。
まず、在外公館の問題なんですが、先ほど丸谷委員そして前原委員から、私が考えていたのとかなり重なる質問がございましたので、視点を変えて一つだけ。
特に、安保理入りを考えると、アフリカに最大限の支援が必要であるという意味で、アフリカへの関与をできるだけ深めるというのは、これは確かに中国との 関係なんかも考えると大変重要だというふうに思います。ただ、それだけではちょっと余りに、若干浅ましいというか、票欲しさにと言われる部分もあろうかと 思いますし、私は、むしろそのことよりは、アフリカのことを考えると、やはり資源の問題をしっかり視野に入れるべきではないかというふうに思うんですね。
これは優先順位の問題になるんですが、例えば、今度新しく公館をつくると言っているマリなんかはウランの鉱山があって、そこを我が国がほぼ権益を独占し ているというふうに言われています。そのほかにも、ニジェールなんかもそういう国でありますし、ウラン以外にも希少な鉱物が埋まっている国というのはアフ リカにたくさんあるわけですよね。そういう国に対するアクセスをできる限り深めていくという視点から、在外公館をこれからふやしていくということでござい ますので、取り組んでいただきたいというふうに思うんですが、外務大臣、御見解はいかがでしょうか。
〔委員長退席、やまぎわ委員長代理着席〕
○麻生国務大臣
確かに、国連安保理のためだけなんというのは、ちょっと見え見えでさもしいというのはごもっとも、その種のことを言ったことは私ども役所 としてはないんですけれども、その種のものが見え見えに見られてはとてもじゃないけれどもこれはだめだと思います。ただ、資源だけに見え見えになったよう な中国もちょっとぐあい悪いかなと思ったりもしないでもありませんけれども。
いずれにいたしましても、この種の話というのは、TICADというのを来年日本で開くことにしておりますけれども、アフリカの中で、今、シエラレオネな んというところも、その隣のリベリアというところも、大使館がないところで、資源もダイヤモンドがばらばら出るぐらいのところなんですが、ここらのところ の大統領というのは、リベリアの大統領、初めて選挙で選ばれたアフリカ初の女性の大統領というのはこの人なんですけれども、しっかりした女性ですけれど も、この人たちの話を聞きましても、やはりアフリカにおける日本のいろいろ支援、貢献というのは、ちょっとヨーロッパの人たちのやり方とおよそ違いますも のですから、現地に入ってかなり一緒に現場で働くといういわゆる日本人独特の、現場で現地の人と同じ目線でしゃべるというようなところがあります。
今言われましたように、ニジェールにしてもナミビアにしてもモーリタニアにしても、いずれも資源が多い割には大使館がないというところですが、そういっ たところに入っていくに当たっても、民間の企業がそこで鉱山をやって、今コンゴなんというところは、昔は日本鉱業がありましたけれども、その日本鉱業は今 騒ぎになってコンゴから引き揚げてしまっておりますが、そういったところでも、治安がある程度回復しないと日本は支援しませんよ、ODAもだめですよ、日 本の技協もありませんよ、そういうので、まず治安の回復、そうすれば大使館も出られます、民間も行けます、ODAもいろいろやれますという話にしてやれ ば、ほかの国をごらんなさい、こんなうまくいくじゃありませんか、おたくよりもっと貧しい、資源のない国がうまくアフリカでいっているじゃないですかとい うような形にしてやるというところがいきますと回り始めるかなと思っておりますので、今言われましたところの御指摘も十分に踏まえてやってまいりたいと存 じます。
○細野委員
もう一つちょっと申し上げたいのは、予算の制約、そういう話なんですね。これは、当然予算は有限ですし、外務省としてもさまざまな施策がありますから、制約があるのはわかるんです。
実は、ちょっと調べてみたんですけれども、日本が在外公館を置いていない、兼ねているところですね、兼館をしているところで、一方でその国が日本に大使 館を置いている国が幾つあるか調べてみたら、全部で二十九置いていない国があるんですが、そのうち二十一は日本には在外公館を置いているんですね。これ は、どちらが経済的に豊かかといえば、どう考えてもアフリカ諸国の方が経済的に厳しい中で、苦労して日本に在外公館を置いているわけですね。そういう大使 館へ行くと、マンションの一室だったりビルの一室だったり、ここは家賃幾らかなと思うようなところに大使館があったりするわけですよね。
日本も同じようにしろとは言わないけれども、我々もよく海外に行ったときに大使館にお招きいただくし、そこでおいしいものもいただいて、私から見ると御 殿みたいなところへ行くわけですが、もちろん、そういう迎賓館的社交の位置づけが大使館にあるのは存じ上げていますけれども、もう少し、場合によっては、 小国においては小さいものにして、安全だけは確保して実質的な役割を出していくということも含めて検討していただきたいというふうに思います。これは御答 弁いただかなくて結構ですので、私の意見ということで御理解をください。
これから、ちょっと外交のいろいろな問題について、法案審議で恐縮ですが、私が関心を持っている分野についてお話を伺いたいと思っているんですが、まず外務大臣に、戦後レジームということについてどういうふうにお考えになるかというのをお伺いしたいと思います。
安倍総理が所信表明演説の中でこういうふうにおっしゃっているんですね。「行政システム、教育、経済、雇用、国と地方の関係、外交、安全保障などの基本 的枠組みの多くが、二十一世紀の時代の大きな変化についていけなくなっている」、「今こそ、これらの戦後レジームを原点にさかのぼって大胆に見直し、新た な船出をすべきときが来ています。」こういうふうに高らかに宣言をされました。私も印象深く拝聴いたしました。
外交、安全保障は外務大臣が所管をされるわけですが、では、我が国における戦後レジームというのは一体何なのか、外交、安全保障においてですよ。外務大臣はどのようにお考えになっているか、御意見を賜りたいと思います。
○麻生国務大臣
これは非常に大きな話だと存じますけれども、細野先生、基本的には日本というところは多分昭和十六年から変わっていないんだと思います が、昭和十六年、国民学校令というのができた。あれ以来、いわゆるフォルクスシューレをそのまま直訳して国民学校という名前に変えて、尋常小学校をやめて 国民学校に変えていった、あの昭和十六年から、基本的には官僚主導、業界協調、このやり方で間違いなく五、六十年やって成功したんだと私は思いますね。間 違いなく成功したから、これだけ豊かな国になったんだと思います。
傍ら、外交の方は、とにかく日本は戦争をやって負けたんだから、少なくとも負けた相手というのは、主にアメリカとやって負けたわけですから、そのアメリ カと日米安全保障条約で手を組む、そして国際連合というのに一九五一年、正確には一九五二年に日本が独立しておりますので、正式に加盟をしておりますの で、昭和二十七年ですけれども、五二年の四月二十八日に独立したのを境に、国連と関係をよくする。そして、三つ目は、アジアの諸国にいろいろあったので、 アジア諸国との友好関係を維持。この三つを基本として、日本は戦後というものをやってきたんだと思います。
対外的には、とにかくいろいろ迷惑をかけたんだから、先ほど使われましたように謙虚に、控え目にという態度でずうっとやってきたのがこれまでだと思って おります。その結果、どんな批判が出てくるかというと、何となく戦争に負けたアメリカ人には妙にぺこぺこしてみたりして、何か卑屈じゃないかとか言われて みたりするようなことになった、これはみんなそういう意識だったと思っております。
それが今どんなことになってきているかといえば、その裏返しで、ほかの国に対して妙に居丈高に威張ってみたりするという、何となく自然じゃない、普通に いかないというところが我々には多く感じられる。私、大分世代が違うので、僕は昭和十五年生まれですから、少なくとも戦争の前に生まれていますので、我々 の世代からいったら英語なんか敵国語でしゃべっちゃいかぬ言葉でしたから、そういった世代に育ってきている我々というのは大分感覚は違うと思いますが、細 野さんたちぐらい若くなってくると、何でそんなにというのが、いろいろ感覚的にも違ってきておられると思います。
また、その当時は二極構造で、冷戦構造でしたけれども、今はもう明らかに違いますので、そこらのところの構造も大きく変わりつつあるというのにあわせて、どうするかということが今の問題だと存じます。
続きを読む: 衆議院外務委員会
